『入管法の実務』

1-1 広範な行政裁量


(1) 入管法の規定
外国人の入国及び在留に係る入管業務の特殊性としては、まず、一般的に、行政裁量の広範性があげられます。入管法は、正規滞在者に係る在留期間更新(法21 II)、在留資格変更(法20III)、在留資格取得(法22の2II)の各許可について、「相当の理由があるときに限り、許可することができる」と定め、要件及び効果のいずれについても裁量を認めた規定となっています。

つまり、要件については、「相当の理由」(相当性)という規範的要件であり、具体的基準が規定されていませんし、効果についても、行政庁を羈束する「許可しなければならない」ではなく、「許可することができる」との規定になっています。また、非正規滞在者が合法化される在留特別許可(法501)についても、「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」は、「特別に許可することができる」と定め、ここでもやはり、要件及び効果のいずれについても裁量を認めた規定となっています。

 

このように、入管法は、正規滞在者に対する処分及び非正規滞在者に対する処分のいずれについても、基本的には、広く裁量を認めた規定となっています。

もっとも、第3節で述べるように、入管法9条1項の上陸許可処分、入管法7条の2第1項の在留資格認定証明書交付処分(入管法5条の上陸拒否事由に該当する場合を除きます。)及び入管法61条の2の4第1項の仮滞在許可は、いずれも、要件を満たす以上必ず許可しなければならず、効果裁量がないという意味で羈束行為です。また、他の処分についても、法理論からあるべき裁量の幅や質を緻密に検討し続ける姿勢は重要です。

 

(2) 最も根源的な最高裁判例
入管法分野に係る最も根源的な判例である最高裁昭和53年10月4日判決(民集32・7・1223。マクリーン事件判決)も、憲法上、外国人は、わが国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き在付けることを要求しうる権利を収めきれないたものでもないとした上で、法務大臣の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断について、全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となると判示し(マクリーン基準)、法務大臣の処分が違法となる場合は限定的であるとしています。

 

もっとも、このマクリーン判決については、泉徳治「マクリーン事件最高裁判決の枠組みの再考」自由と正義2011年2月号26頁において、「マクリーン基準のあまりに緩やかな表現に便乗して、裁量権統制の諸法理を踏まえた個別審査を実質的に回避するようなことは許されない。個別審査も、憲法、条約等に従って行わなければならない。」と述べられているところです。元最高裁判事である泉弁護士の上記指摘は十分に傾聴に値します。裁量権統制の諸法理を踏まえた個別審査を行った入管法分野に係る裁判例の分析として、山脇康嗣「入管法判例分析』(日本加除出版、平成25年)を参照してください。裁量処分に関する判例法理は、実体的判断過程統制審査を中心に確実に進化しています。

(3) 最高裁平成27年3月3日判決の出現
近時、入管法に基づく裁量処分に極めて強い影響を与える可能性がある最高裁平成27年3月3日判決(民集69・2・143) が出現しました。同判決は、裁量基準違背と違法性について、「行政庁が同項(筆者注:行政手続法12条1項)の規定により定めて公にしている処分基準において、先行の処分を受けたことを理由として後行の処分に係る量定を加重する旨の不利益な取扱いの定めがある場合に、当該行政庁が後行の処分につき当該処分基準の定めと異なる取扱いをするならば、裁量権の行使における公正かつ平等な取扱いの要請や基準の内容に係る相手方の信頼の保護等の観点から、当該処分基準の定めと異なる取扱いをすることを相当と認めるべき特段の事情がない限り、そのような取扱いは裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるおける裁量権は当該処分基準に従って行使されるべきことがき束されており、先行の処分を受けた者が後行の処分の対象となるときは、上記特段の事情がない限り当該処分基準の定めにより所定の量定の加重がされることになる」と判示し、行政規則たる処分基準(裁量基準)が一定の実体的拘束性を持ちうることを正面から認めました(常岡孝好「行政手続法12条1項により定められ公にされている処分基準に先行の処分を受けたことを理由として後行の処分に係る量定を加重する旨の定めがある場合における先行の処分の取消しを求める訴えの利益」民商法雑誌151巻6号539頁)。裁量基準とは、いわば裁量処分に係る基準補充についての基準です(小早川光郎『行政法講義(下)I』24頁(弘文堂、平成14年))。

入管法分野においては、様々な裁量基準(審査基準や処分基準)が存在します。具体的には、公開されているものとして、「在留資格の変更、在留期間の更新許可のガイドライン」、「永住許可に関するガイドライン」、「在留特別許可に係るガイドライン」、「入国・在留審査要領」、「仮放免取扱要領」及び各種「通達」等があり、他にも、非公開であるものの黙示的に実務上確立している審査基準として、例えば、「上陸拒否事由該当者に対する在留資格認定証明書交付基準」、「告示外定住基準」、「告示外特定活動基準」等があります。上記の最高裁平成27年3月3日判決の射程がこれらの基準に及ぶとすれば、入国管理局は、自らが定めた裁量基準に拘束(羈束)され、基準に反した処分を行えば、特段の事情がない限り違法とされることとなります。したがって、同判決が、各入管手続における法務大臣等の裁量に対する統制ツールとして強力に機能することになります。

もっとも、同判決の射程範囲については慎重に検討しなければなりません。同判決は、行政手続法12条1項に基づいて定められ、公にされている処分基準に係るものです。また、その処分基準は、裁量基準のうち、「案件ごとの基準補充を先取りし、補充されるべき基準に相当するものをあらかじめ具体的な形で提示する」(小早川光郎「行政法講義(下)I」24頁(弘文堂、平成14年) 参照)、いわばストレート型のものです。それに対し、入国管理局が定めている裁量基準は、行政手続法に基づくものではありません。また、同判決のようなストレート型の裁量基準ではなく、「案件ごとの基準補充において考慮の対象となりうる諸事項のうちで、言いかえればそれらの諸事項に関しそれぞれの案件において見出されうる種々の事情のうちで、何が重要であるかをあらかじめ指摘するに止まる」(小早川光郎「行政法議」(弘文堂、平成14年)参照)考慮事情列挙型のものが多いです。同判決の射程範囲が及ぶか否かを、こうした観点等から検討する必要があります。

つまり、①「処分基準」に係る同判決が、「審査基準」にも及ぶか、②ストレート型の裁量基準に係る同判決が、ストレート型ではなく「考慮事情列挙型」の裁量基準にも及ぶか、③行政手続法に基づいて定められた裁量基準(処分基準)に係る同判決が、行政手続法12条や5条が適用されない(行政手続法310参照) 入管法の手続にも、裁量基準(処分基準、審査基準)が定められ、公にされている限りは及ぶか、行政手続法に基づいて定められ、公にされている裁量基準に係る同判決が、行政手続法が適用されず、かつ、公にされていない「黙示」の裁量基準(上陸拒否事由該当者に対する在留資格認定証明書交付基準、告示外定住基準、告示外特定活動基準等)にも及ぶか(この点につき、東京地裁平成15年9月19日判決(判時1836・46)は、黙示の基準にも拘束力を認めています。)という点において検討を行う必要があります。

最高裁平成27年3月3日判決が、行政規則たる処分基準(裁量基準)が一定の実体的拘束性を持ちうることを正面から認めた趣旨である「裁量権の行使における公正かつ平等な取扱いの要請や基準の内容に係る相手方の信
頼の保護等」は、入管法分野においても等しく妥当します。

 

したがって、同判決の射程が及び、入管法上の裁量処分にも適用可能であると解されます(大貫裕之・土田伸也「行政法 事案解析の作法〔第2版〕』81頁(日本評論社、平成28年)参照)。裁量基準違背と違法性の点について、「行政庁がその裁量に任された事項について裁量権行使の準則を定めることがあっても、このよう
な準則は、本来、行政庁の妥当性を確保するためのものなのであるから、処分が右準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない」と判示していた最高裁昭和53年10月4日判決(マクリーン事件判決)の意義は、最高裁平成27年3月3日判決により大きく縮減したといえます(久保田仁詩「処分基準と訴えの利益」法学論叢178巻5号121頁)。

 

(4) 実務上の運用
現時点での実務上は、入管法に基づく処分については、基本的には、広範な裁量があることを前提に運用されています。具体的には、在留期間更新、在留資格変更及び在留資格取得の各許可の要件は、後に詳述するとお
り、在留資格該当性と狭義の相当性の存在であるところ、一部の在留資格(「定住者」、「特定活動」等)に係る在留資格該当性を基礎付ける事実に対する評価及び狭義の相当性という規範的要件に係る判断において、法務大臣等に広範な裁量があることを前提に処分が行われています。近時、入管法に基づく処分に係る法務大臣等の裁量を、実体的判断過程統制審査の手法をもって厳しく統制する裁判例が、退去強制手続の分野を中心に一定数出現しているものの(山脇康嗣「入管法判例分析』207頁ないし330頁(日本加除出版、平成25年)参照)、実務の運用を鑑みる限り、いまだ、法務大臣等の裁量の広範性を前提に案件を処理せざるをえない現状です。

手続を受任した弁護士、行政書士としては、裁量が依頼者の不利益に働かないよう細心の注意を払って事案処理を行うべきです。依頼者の利益となる事実については積極的に主張し、他方、依頼者の不利益となる可能性
のある事実については、依頼者に利益となる方向で説得的な評価や意味付け等のフォローを行う必要があります。また、裁量は時には依頼者の利益となる方向でも働きうるものであり(特に、事実に対する評価が微妙で複数の見方がありえ、許可と不許可が紙一重といえる事案につき、担当者の「心意気」ともいいうる裁量で許可に振り分けてもらう)、審査担当官の心をつかむべく、情感豊かで魂を揺さぶるような理由書を起案すべきときもあります。入管業務は、一般に裁量が広範であるとされるがゆえに、担当する弁護士や行政書士の力量いかんによって、結果が大きく異なることが多い分野であるといえます。


森井 啓之

代表 行政書士

森井 啓之

東京大学法学部を卒業後、大手金融機関に入社。法務部で、民法改正への対応、リーマン・ブラザーズの破産管財人との英語での激しい交渉を経て莫大な債権回収(詳細は守秘義務)に成功。また、個人融資における遺言・相続業務など幅広い経験を積んで参りました。皆様に、迅速かつ丁寧で最高の法務サービスをご提供させて頂ければ幸いです。

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